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インタビュー
周 剣生氏 周 剣生
Zhou Jiansheng

中国出身。学生時代は日本に留学、日本大学芸術学部写真学科を卒業し、多摩美術大学大学院にて芸術学の修士号を取得。その後、世界遺産に魅了され、94年から中国を中心とした世界遺産を撮り始めた周さん。現在は日本に拠点を置き、北京と東京を行ったり来たりで活躍しています。
2007年9月4日から6日間、日本橋三越本店で開催された「ベスト・オブ・世界遺産」展に作品が出展されました。ホースマンSW612で撮影された、ワイドで迫力ある写真は世界遺産の素晴らしさを見事に写し出していました。

− 世界遺産を撮り始めたきっかけは?
Z.J まず、銀座の写真ギャラリーでペルーの“マチュピチュ”の写真を見て、始めて「世界遺産」というものを知りました。日本に留学していた時、後楽園にある日中友好会館の後楽寮(留学生寮)にお世話になっていたのですが、そこの寮費はとても安かったので旅行するためのお金を一生懸命ためました。その時はフランス、オランダ、ベルギーなどヨーロッパに行きました。
そして銀座のソニービルで白川義員(しらかわよしかず)先生の展示会を見て、「自分も同じ所に行って同じもの(世界遺産)を見ているんだ!」と気付き、その時『世界遺産』をテーマに写真を撮ることを決めたのです。
周 剣生氏
日本橋三越本店「ベスト・オブ・世界遺産」展にて
− 撮影を始めるのに苦労したことは?
Z.J 世界遺産はどこにあるか?です。まずは中国の世界遺産を撮ろうと思い、中国政府に「中国の世界遺産のリスト」を要求しましたが、「そのようなリストはない」と言われました。それでも頑張って、最後には中国のユネスコのスタッフを紹介してもらい、その方から世界遺産についての色々な情報を得ることができました。そして、8年間で世界 77ヶ国を巡り、世界遺産を撮り続けました。
− 初めての写真展は?
Z.J 2002年に東京の日中友好会館で開催した「世界遺産」写真展です。8年間撮り続けた作品の中から作品約70点を展示しました。
2004年には北京の精華大学美術学院で「世界遺産」写真・ビデオ展をやりました。
− そもそも写真を始めたのはいつ?
Z.J 父が映画監督で母が女優なので、映像には身近な環境で育ちました。家にはツアイスイコンのカメラが一台あって、子供の頃から写真を撮っていました。そのカメラは今も大切に持っています。18才の頃、知り合った女の子たちと公園でデートしたことがあって...。 女4人男3人の、今で言う合コンかな?(笑)その時に記念写真を撮ったのですが、お店に持っていくと時間がかかり渡せなくなってしまうので、初めて自分で現像からプリントまでやったんです。ちゃんとプレゼントしましたよ!(笑)
本格的な写真の撮り方は日大で勉強しました。
− 撮影中のエピソードなどを教えてください。
Z.J 世界遺産というと、撮影に制限があることが多いんです。三脚はダメとか..。私は角度を変えたり、時間を変えたりして他の人とはちょっと違う写真を撮りたいと思っているんです。一番大変だったのは、ある建物の中から撮影した時なんですが、一脚の先にカメラ(SW612)を装着して建物から外にカメラを出して...。そこまではいいけどシャッターに手が届かない!そこで、〈シャッターに紐をつけて口にくわえて引っ張って切る〉を何度か繰り返して撮影しました。(笑)大変でした〜!でもホースマンのカメラだから出来たんですよ!!
ヨーロッパ各国に撮影に行った時には、ある国に着いてすぐ、撮影機材すべて盗られてしまいました。撮影済みのフィルムは別にしているので無事でしたが...。カメラがなくなっちゃって、現地で中古の安いカメラを1台調達して、なんとか撮影してきました。
周 剣生氏
− 今後の活動予定は?
Z.J 来年は北京オリンピックの年ですから、北京で展示会&講演会をやる予定です。スポンサーも日本の大手5社が決まったところです。それと、アメリカの世界遺産を撮りに行きたいですね。
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